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2017年10月21日土曜日

(1031) まちの評価 / 「ソーシャルシティ」(2) (放送大学)


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(K0172) 動的トライアングル・モデル / トライアングル理論(1) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k01721.html
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目標&ポイント
===== 引用はじめ
まち(都市)を評価する視点として、これまでの都市計画研究ではどのような考え方の枠組みでまちを評価してきたのかを理解するとともに、筆者らがこれまで行ってきた消費者の回遊行動研究について、なぜ消費者行動に着目するのか、まちの評価に消費者行動がどのように関わるかを議論する。
===== 引用おわり

 

「第2章 まちの評価」の目次

1. まちを評価する視点
2. 回遊行動からみたまちの評価
3. 消費者行動アプローチによるまちづくり政策の評価

 

「第2章 まちの評価」の概要

1. まちを評価する視点
 都市計画研究に典型的にみられる、まちを評価するときの思考枠組みを、評価図式と呼ぶ。理想都市型、活動効果型、都市形成システム型の3つの評価図式が類型として抽出できる。

2. 回遊行動からみたまちの評価
 活動効果型評価図式の枠組みに立った回遊行動研究を紹介する。回遊行動とは、消費者の買い回り行動のことである。
 回遊行動は、商業集積地区の集積効果の具体的な現れだと考えることができる。「より多くの回遊行動を引き起こす都市空間のほうが望ましい」ということになる。
 テキストでは、「福岡市天神地区大規模商業再開発による回遊行動の変化」(添付図参照/スキャナー不調につき後日添付予定)、「太宰府市の歴史の散歩道」を紹介している。

3. 消費者行動アプローチによるまちづくり政策の評価
 回遊する行動主体を、単に場所を移動する主体から、場所を移動しつつ消費する主体と捉えることで、回遊行動と経済効果との関連を分析できるようになった。これを「消費者行動アプローチ」と呼んでいる。
 消費者行動アプローチとは、さまざまなまちづくり政策による消費支出の増大効果を、政策効果として計測・予測する方法のことである。
 テキストでは、「都市100円バスの経済効果」「都心カフェの経済効果」「地下鉄開業による福岡都心部への経済効果」を紹介している。
 

出典
斎藤参郎、「第2章 まちの評価」、川原靖弘・斎藤参郎、「ソーシャルシティ」、放送大学教材(‘17)

2017年10月19日木曜日

(1030) 「ホスピス・ボランティア養成研修」修了


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(K0171) 「話し続ける」特性・行動パターン / 「定年女子」研究インタビュー(2) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k01712.html
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8月31日から始まって、毎木曜日に通っていた「ホスピス・ボランティア養成研修」が修了した。この後、日程・場所は未定だが、実習がある。

受講費(教材費含む)は2,000円。立派な教材をいただいた。それが2,000円と考えれば、8回の講義は無料で受けられたことになる。ありがたいことである(講義内容は添付資料参照)。
 

「養成講座」はお得感があって、これまでも随分いろいろ受講させてもらったが、そこで学んだことをどこで生かすかが、いつも難しい。「いくつものホスピスで、ボランティアが少なくて困っている」なら学んだことを直ぐに活かせそうだが、そうでもないようだ。

実地研修を受け入れてくださるある病院で、研修内容が「環境整備・配茶・季節ごとの飾りつけ・午後のお茶のサービス」とあるが、これなら8回の研修を受けなくても、気の利く主婦なら十分できるだろう。

ある病院では「アロマ・セラピー」と「ライフ・レビュー」で既にボランティアが入っているというが、それは「ホスピス・ボランティア養成研修」で習ったことを活かしているのではなく、本人が別途持っている技による。
 

受講内容からして、直接「ホスピス・ボランティア」をしなくても、さまざまな場面で役に立つことは間違いないと思うが、講師の先生方の熱心なご指導を無駄にしたくないという思いもある。

 

ところで、もらっていたチラシ(添付)では、最終日(今日)、「修了書交付」と書いてあったが、交付はなかった。もらったところで、FacebookBlogに貼り付けて自慢するぐらいしか使い道がないといえば、そうなのだろうが…。 おそらく、講師やスタッフは無料ボランティアか、もらっても大した金額ではなかろう。このうえ手間暇をかけて「修了証書」を発行するよう要請するのも、気の毒だ。まあ、いいか。

(1029)  素人予想 ~ 衆議院選挙での議席数


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(K0170)  らしくないインタビュー / 「定年女子」研究インタビュー(1) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k0170-1_19.html
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衆議院選挙での議席数を予想してみた。
私が予想しても誰も信用しない。だから、外れても誰も困らない。
気楽に予想した。

素人だから、結果が外れて当たり前、
当たれば自慢できる。
損はない。

    前 予想
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自 民 284 286

希 望  57  47

公 明  35  31

共 産  21  13

立 憲  15  53

維 新  14  11

社 民   2   1

こころ   0   0

諸 派   0   1

無所属  44  22

欠 員   3

=========
 計  475 465 (衆議院定数は、10人減った)

 

推測手順

(1) インターネットで調べた新聞3社の平均をベースとする

(2) 浮動票がどう動くかを考え、修正した

   自民から希望へ2人   自民党批判票の受け皿
   共産から立憲へ2人   根っからの共産ではない人が離脱
   維新から希望へ2人   「希望」を託して、希望へ
   希望から維新へ2人   希望のゴタゴタを嫌って、維新へ
   希望から立憲へ4人   「改宗した?」前民進議員を嫌って立憲へ

(3) 結果と経過を添付する 「藤波(A)
もう少し大胆に予想したものを「藤波(B)」に示す。
 

各新聞とも織り込み済みの要素ではあると思うが、予想以上に効くのではないか。


都議選では虐められていた小池さんが、こんどは虐めにまわった(「排除の理論」など)。
枝野さんが虐められ役になった。こういう要因が、浮動票に大きく影響すると思う。
日本人、虐められている人を応援するのが好きだ。
(それなのに虐めが横行するのは何故? … 話がそれた)


「排除」という言葉が厳しいだけで、「排除」するのは当たり前だと、私は思う。昨日まで「9条改悪反対」と言っていた人が、今日は「憲法改正賛成」に入党し、明日には、党の方針に逆らって「9条改悪反対」と叫んでいる。そもそも、そういう行動をする人を信用できるかという、政治上の信念以前の問題が起きている。彼らは、立憲民主党に行くべきだった。そういう人を「排除」しなかったのが、小池さんの間違い。そういう意味で、私は希望を辛く評価した。
http://www.sankei.com/politics/news/171016/plt1710160087-n1.html
 

利用したデータ :

朝日新聞 http://www.asahi.com/articles/ASKBF4GV6KBFUZPS00J.html
毎日新聞 https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171016/k00/00m/010/100000c
産経新聞 http://www.sankei.com/politics/news/171016/plt1710160060-n1.html

なお、日経新聞、読売新聞、東京新聞のホームページからは、一覧表を読み取れなかった。

2017年10月17日火曜日

(1028) 性格の違う夫婦


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(K0169) 催し物情報(12) <催し物紹介>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k016912.html
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Facebook友達の梶藤 耕平さんが「妻と、私の違いを整理してみました」と興味深い観察を披露された。


私は、次のようなことを書き込んだ。

 おそらく、三つの共通点があるのではないでしょうか。
(1)  基本的な価値観が同じだ(もちろん価値観は違うが「これだけは許せない」が共通)
(2)  性格の違う人が好きだ(違いを楽しみながら付き合える)
(3)  性格の違う人に寛容だ(性格の違う人と上手に付き合える)

最強のご夫婦だと思います。
このうち、(2)(3)は社会生活を送る上でも、強みでしょう。
 

 エニアグラムでは、性格を九つに分けるのだが、興味深いのは、ほとんどの夫婦はタイプが違う。「自分にないものを持っている人に惹かれる」というのが、私の解釈である。

 仕事するとき相棒を選べるならタイプの違う人を私は選ぶ。やりやすいのは、同じタイプの人だが(同じような判断を下すので葛藤が少ない)、強いのは、違うタイプの人を含む集団である。多様性のある判断が可能だし、あらゆる危機に対応できる。


御参考
エニアグラム 各タイプの特徴
https://www.enneagram.ne.jp/about/about_type

(1027) 婚姻 - 家族をつくる / 「家族と高齢社会の法」(2) (放送大学)


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(K0168)  老後4100万円足りない / 100歳時代プロジェクト会議(3) <システムの構築>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k0168-41003.html
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目標&ポイント

===== 引用はじめ
 この章では、婚姻と親子に関わる様々な問題を取り上げる。 … 2010年の統計によれば、25歳~29歳の未婚率は、男性が71.8%、女性が60.3%となっている。…
 ここでは、民法の定めを概観しながら、家族のあり方の変容を見ることにする。
===== 引用おわり
 

私が関心を持ったところ:

(1) 届出がない場合には、「内縁関係」となる。内縁関係も、… 労働者の災害補償や年金保障等においては、… 法律上の配偶者と同じ扱いを受けることができる。法律上の婚姻との大きな相違点は、内縁関係には、夫婦同姓、配偶者としての相続権、子の摘出性が認められないことである。

(2) フランスのPACS(連帯市民協約)とは性別に関係なく、成年に達した二人の個人の間で、同性、異性を問わず、安定した持続的共同生活を営むために交わされる契約のことであり、法的婚姻関係になるカップルと同等の権利を認め公証する制度である

(3) 日本では、1949年以降、第三者から精子提供を受ける人工授精(AID)による子は既に1万人以上が出生しているといわれている。

 

<構成>

1. 婚姻って何だろうね?

(1) 婚姻意思
(2) 届出
(3) 婚姻障害
(4) 新しい家族の形

2. 婚姻から生じる責任
(1) 夫婦と財産 婚姻費用の分担(民法第760条)と調停・審判
(2) 貞操義務

3. 婚姻とこども
(1) 親子関係の発生
(2) 摘出否認
(3) 認知
(4) 生殖補助医療


4. まとめ


出典
川島志保、「第2章 婚姻 - 家族をつくる」、川島志保・関ふ佐子、「家族と高齢社会の法」、放送大学教材(‘17)

2017年10月15日日曜日

(1026) 超高齢・多死社会の到来 / 「人口減少社会の構想」(2-2)(放送大学)


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(K0167)  健康長寿を目指して / 100歳時代プロジェクト会議(2) <システムの構築>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k0167-2.html
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目標&ポイント
===== 引用はじめ
 前章では、20世紀の人口増加を振り返るとともに、21世紀の人口減少の見通しがどう変わってきたかを、その最大の原因である少子化の進展とあわせてみてきた。
 本章では、人口減少社会を人口構造の側面、とくに高齢化の側面からみていく。
 なぜ高齢化が進むのか、超高齢社会とはどのような社会なのかを理解することを目標とする。
===== 引用おわり
 

高齢化の議論はほとんど高齢化率を用いて行われているが、それでは不十分である。
テキストを読んで、いくつかの指標を拾い上げる

(1) 高齢化率 …  高齢化の議論はほとんど高齢化率を用いて行われている

(2) 高齢者の絶対数 … 要介護高齢者数、高齢者の住まいや施設など高齢者の絶対数に規定される事象が少なくない

(3) 高齢人口の高齢化 … 介護保険のあり方などに関係する

(4) 高齢化の速度 … わが国の高齢化はその到達水準が高いだけでなく、そのスピードが速いことも特徴である

(5) 世代間関係が世代ごとに変化している  …年金制度をはじめとする社会保障制度の改革を急速に進めなければならない

(6) 新たな多死時代の到来 …  大量の高齢者が長い高齢期を生き、尊厳をもって死を迎えられる社会でありたい

 

【詳細説明】

(1) 高齢化率 …  高齢化の議論はほとんど高齢化率を用いて行われている

  7%を超えると、高齢化社会(ageing society)」:人口転換が始まる以前は多くの国の高齢人口割合は7%前後よりも低いレベルにあったが、人口転換が進むと徐々にその値は上昇を始めた

  14%を超えると、高齢社会(aged society)」:欧米諸国において15%前後で一旦高齢化の速度が緩やかになったことを背景に、7%が2倍になる倍化年数を算出する際に使われたことで1つの目安とされた

人口転換とは、多産多死から多産少子をへて少産少死にいたる人口動態変化のことであり、その経験則である人口転換理論は転換終了後にTRF(Total Fertility Rate。合計特殊出生率)が人口置換水準を維持することを示唆している。

(図2-6参照)
 

(2) 高齢者の絶対数 … 要介護高齢者数、高齢者の住まいや施設など高齢者の絶対数に規定される事象が少なくない

  高齢人口が2015年から2055年までの40年間に3,500万人以上の規模で維持し続ける

  2040年代前半に4,000万人に迫るピークが訪れる

(図2-4参照)

 
(3) 高齢人口の高齢化 … 介護保険のあり方などに関係する

高齢人口における後期高齢人口の割合は、1990年には40%であったが、2060年には70%近くまで上昇する見通しである

(同じく、図2-4参照)

 
(4) 高齢化の速度 … わが国の高齢化はその到達水準が高いだけでなく、そのスピードが速いことも特徴である

  「高齢人口の割合が7%から14%に到達する年数はフランスの126年に対し日本の24年との5倍の速さである」という表現がよくつかわれてきた。

  しかし、フランスが特殊である。4050年の国が多くそれほど極端とは言えない。韓国や中国と比べると、似たようなものである

(図2-5参照)

 

(5) 世代間関係が世代ごとに変化している  …年金制度をはじめとする社会保障制度の改革を急速に進めなければならない

我が国の場合、親子関係にある

  190010年代と193040年代(ピラミッド型)

  193040年代と196070年代(釣り鐘型)

  196070年代と19902000年代(壺型)

が、それぞれバランスの異なる支え合い関係をつくらざるをえない状況が形成されてきた。

図参照(ビラミット型・釣鐘型・壺型)
http://www.giroj.or.jp/disclosure/risk/risk66-3.pdf

 

(6) 新たな多死時代の到来 …  大量の高齢者が長い高齢期を生き、尊厳をもって死を迎えられる社会でありたい

  我が国の将来は、近代以前の多死とは異なる「多死社会」になると見通される。近代以前の多死とは生まれた子どもが多く死亡することだった。

  1954年から1984年までの30年間の年間死亡数は四捨五入して70万人になる状態であり、死亡の絶対数も小さかった。

  しかし、将来推計によれば、2024年から2070年までの46年間にわたり、150万人を超える死亡が発生すると見通されている。そしてその圧倒的に多くを高齢者の死亡が占める。

(図1-3参照)

 


「第2章 超高齢・多死社会の到来」の目次

1. 人口ピラミッドの逆転
2. 超高齢社会の到来
3. 長寿・多死社会

 

出典
大江守之、「第2章 超高齢・多死社会の到来」、宮本みち子・大江守之、「人口減少社会の構想」、放送大学教材(‘17)






(1025)  超高齢社会に思う / 「人口減少社会の構想」(2-1)(放送大学)


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(K0166)  個人Blog 10月上旬リスト(附・『歎異抄』) <サイト紹介>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k0166-blog.html

1月の「100de名著」『歎異抄』は、20164月期のアンコール放送である。
当時取り上げたので、あらためて書いていない。当時のものを紹介は、上記を参照
=====

 

以下は、主として私の意見である(放送大学のテキストに載っていることではない)。
 

超高齢社会は「困ったものだ」と、嘆いてばかりいる人、政治が悪いのだと非難ばかりしている人たちがいるが、彼らこそ「困ったものだ」。
 

何故、超高齢社会になったのか。

(1) 長生きできるようになった
(2) 結婚しない自由、子どもを産まない自由が保障された

喜ばしいことであり、「理想の世界」に近づいた結果、超高齢社会になった。
 

「一定年齢になったら、姥捨て山(尉捨て山?)に捨てる」「一定年齢になったら、強制的に結婚させる」「結婚したら、強制的に2~3人産ませる」という強制力が認められるなら人口構成をコントロールできる。実際にはできないのだから、してよいこととは思えないから、「政治が悪い」と言ったところで、解決にはならない。

 

まったく手を打てない訳ではない

(1) 尊厳死を法的に認める
(2) 結婚したくてもできない人を支援する
(3) 子どもを産みたくても産めない人を支援する


尊厳死したい人の邪魔をしない、経済的に心配なく結婚や出産できるよう支援するといった程度しかできないので、効果は限定的である。基本的に、死ぬ・結婚する・出産するに政治は介入できない。

 

日野原さんは、尊厳死を選ばれたという。私は、幸せな生き方の一つだと思う。
http://healthpress.jp/2017/07/post-3137.html

日本の平均年齢を引き上げているのは、高齢期の延命によるものが多い。日本以外では、死期が近づいて食べられなくなったら、そのまま「枯れていくように」死ぬのが当たり前だという。日本では「枯れても死なせない」体制と技術とが優れており、それが良いという考えもある。「棺桶に片足を突っ込んでからが長い」。私は、それが幸せだと思わないが、日本はそうなっている。

ピンピンコロリで死のうと思っていても、倒れたら親切な人が救急車を呼んでくれ、医者は保険加入の有無も確認しないまま最善を尽くして治療してくれ、そのまま管につながれて生き延び、誰もそれを外さない・外せない。


テキストによれば、「1975年以降は高齢期における(平均寿命の)延びの寄与が70%を占め、高齢者が長生きすることで寿命が伸びることが明確になった」(添付図参照。テキストの表より作成)
 


人口が増えていた時代を振り返ると、その時「経済的に心配なく結婚や出産できた」かというと、そんなことはない。それでも、結婚し、子を産んできた。

できることは、しておくのがよい。しかし、基本的には一人一人の意思の問題、一人一人の生き方の問題である。その結果、超高齢社会になったのだから、まずは、それを受け入れ、その条件下でベストを尽くすのが基本だと思う。
 

出典
大江守之、「第2章 超高齢・多死社会の到来」、宮本みち子・大江守之、「人口減少社会の構想」、放送大学教材(‘17)