画面の説明

このブログは、左側の投稿欄と右側の情報欄とから成り立っています。

2017年5月24日水曜日

(883) 「神様たちの街」「神戸フォーラム2017」


      最新投稿情報
===== 新たに投稿した
(K0025)  個人Blog 5月中旬リスト <サイト紹介>
=====

 

私が参加する予定のイベントを二つ紹介する

A.神様たちの街
B.神戸フォーラム2017
 


<各イベント>

A.神様たちの街

===== 勉強会の概要

「神様たちの街」(田中監督ドキュメンタリー作品)上映会
    田中幸夫監督のトークもあります。

日時:2017年 7月2日()14:00~ 受付13:30

会場:神戸市立婦人会館(*1) 5階さくら  参加費:500円

主催:「神戸の地域福祉を考える会」(ひょうごん福祉ネット・神戸市立婦人会館)

申込・お問い合わせ ひょうごん福祉ネット各団体 (*2)

======

(*2) NPO法人 福祉ネットワーク西須磨だんらん 078-731-2430

 

===== 引用はじめ(『神様たちの街』公式サイト)

先の戦争。未曾有の震災。
その試練を、明るく、ひたむきに、
たくましく生きのびた人たちがいる。
これは、ささやかにして確かな生への賛歌だ。

           俳優 竹下景子
===== おわり
http://kamisamaga.com/

 
===== 引用はじめ

震災から十年を契機に、
「兵庫モダンシニアファッションショー」が開かれてきた。

毎年12月に様々な人々が
思い思いのファッションでステージに立つ。

映画はショー本番までの半年を追う。

神戸芸術工科大学ファッションデザイン学部長
見寺貞子教授(60歳)は元大手百貨店のバイヤーだった。

震災を経て大学に移り、
人間とファッションの好ましいあり方を追求してきた。

「ファッションショーは、
教えるというより学ぶことの多いライフワークだ」と語る。

「お年寄りたちはめちゃ元気。
元気をもらうというより元気を吸い取られるよう」と笑う。

=====
ameba での紹介 (https://ameblo.jp/eigajikou/entry-12180661387.html

  映画チラシ … ここから引用添付

  予告動画

  田中幸夫監督、見寺貞子教授(企画協力)談

など

 

B.神戸フォーラム2017

===== 概要はじめ

日本ホスピス・在宅ケア研究会

神戸フォーラム2017

開催日: 723日(日)13:30-16:30

会場 :三宮コンベンションセンター(神戸市)

参加費: 2,000円(非会員の場合)

申込 :http://kurodakinen.okoshi-yasu.net/entrance.html

===== おわり

http://kurodakinen.okoshi-yasu.net/index.html

 
===== プログラム概要 はじめ

次の内のいずれかを選択

(1)     『あなたの生き方を決めるのは誰?』
    ~ みんなで しなやかに生きる ~

(2)     アンガーマネージメント入門講座

(3)     メンタルヘルスグループワーク
    ~ 医療・介護に携わる人たちのためのメンタルヘルス ~

(4)     ホスピス・ボランティアを広げよう

===== おわり


 

(882) 「定年後」研究会と本


      最新投稿情報
===== 新たに投稿した ※ 前回(881)・今回(882)と同じ
(K0023) 『本当の自分と出会うエニアグラム』発刊 <4つを知る>
(K0024) 「定年後」研究会と本 <個人の発達・引退前の準備>
=====

 
A.「定年後」研究会
B.「定年後」本

 

A.「定年後」研究会

私のFacebook友達 楠木新さんの第71回「こころの定年/研究会(IN大阪)」(621日)で、私がナビゲーターを務めます。話題は「定年後」。

参加ご希望の方は、直接申し込んでください。


===== 引用 はじめ

71回「こころの定年/研究会(IN大阪)」(621日)のご案内

 <案内文案>

皆さま

71回「こころの定年/研究会(IN大阪)」は、前回に引き続き
「定年後」について考えてみたいと思っています。

今回は、拙著『定年後』(中公新書)にも、登場いただいた
藤波進さんにナビゲーターを務めていただきます。

「定年後」については、私の先達であり、今回の本を書くに
あたってもいろいろなヒントをいただきました。

研究会の案内は、下記のとおりです。充実した内容で楽しみです。
関心のある方の参加をお待ちしております。

出席の連絡は、下記メールにお願いいたします。

*******************************************

楠木新(くすのき あらた)
kusunoki224@nifty.com

 ******************************************

<研究会内容>

 1.日時:621日(水) 18:30~21:00

 2.場所:大阪産業創造館 6F 会議室C
   http://www.sansokan.jp/map/

3.研究会の内容(予定)
 
①今回担当(藤波)の自己紹介
    「定年後」に関連して現在活動している内容も簡単に紹介

②前回(4/19(水)の研究会のトピックスの解説
    (前回参加していなくてもわかるように説明)

③参加者の自己紹介
    参加の動機、関心事、疑問点なども含めて

<休憩・名刺交換>(20分程度)

④ 意見交換
    上記での話題を中心に意見交換

⑤ 『定年後ー50歳からの生き方、終わり方』(楠木新著)トピックスより
   (時間の余裕あれば)上記著書から話題を取り出し、意見交換
    予め読んでいなくてもわかるよう説明

 4.参加人数:20人限度

 5.参加費:1000

 ※参加希望者【自由参加】があれば喫茶店でのダベリ(21:00~)

===== 引用おわり

 

 
B.「定年後」本

楠木新さんの新著『定年後』が好評である。

===== 引用 はじめ

おかげさまで『定年後』(中公新書)の4刷、4万部突破が決まりました

中公新書‏さんのツイッターで、『定年後- 50歳からの生き方、終わり方』
4刷、累計4万部の突破が発表されました。


 内容は、以下の通りです。

 『楠木新著『定年後』の重版が決定! 4刷となり、早くも累計4万部を突破
しました。丸善丸の内本店の週刊ベストセラーランキング(5410日)
では新書部門の第2位と健闘しています』

ツイッターにあるように、丸善丸の内本店では第二位、そのほかの大手書店の
新書ランキングでも上位につけています。三省堂神保町本店では新書第一位に
なっています。

 『三省堂書店神保町本店週刊ベストランキング(~5/14)

 
429日に、初めての増刷がツイッターに載りましたが、3刷り、4刷りと続きました。

あまりに速いペースなので自分でも驚いています。

  以下、略
===== 引用おわり

新聞でも続々紹介されている(同上ブログ参照)

 
私(藤波)は、インタビューされるという形で本の中で紹介されている。
また、過程で情報提供もした(「こころの定年/研究会(IN大阪)」で昨年2回講演)。

その当たりの話も含めて、上記621日(水)の研究会でお話する予定。

2017年5月22日月曜日

(881) 『本当の自分と出会うエニアグラム』発刊


編集委員として2年間取り組んできた『本当の自分と出会うエニアグラム』が
ようやく発刊のはこびとなった。

 

『本当の自分と出会うエニアグラム』
 日記からみえる九つの性格タイプ

日本エニアグラム学会編
ブックコム
本体1,500円+税

 

===== 帯紙(表)はじめ

「人は違っているから面白い」

自分をもっと知りたい、他の人を理解したいと思う人たちが集まって、
こういう時自分はどうするか、それはなぜかと、同じテーマで話しあい、
自分の姿を明らかにしていこうと学んでいます。その人たちが「日記」
という形で日常生活の体験を書きとめたのがこの本です。「人は違っ
ているから面白い」と感じられるようになることでしょう。

===== おわり

 
===== 目次 はじめ

はじめに
- この本の使い方 -

第1章 人間関係あれこれ
      人間関係は最大の関心事

第2章 自己観察と人間的成長
      自己観察が出発点
      成長の道筋

第3章 三つの知性:センターのエネルギー
     三種類のエネルギー
 <本能エネルギーが優位に働くタイプ>:8・9・1
 <感情エネルギーが優位に働くタイプ>:2・3・4
 <思考エネルギーが優位に働くタイプ>:5・6・7

第4章 ことわざ等に見る性格タイプの特徴
     絵を描く理由

第5章 簡単タイプチェック
     質問票のチェックの仕方
     集計の仕方

第6章 日本エニアグラム学会の活動
 
編集後記

===== おわり

 
自分たちの理想を求め、外から干渉されないよう、あえて自費出版にしました。
だから、本屋さんには売っていません。

 
・amazonで買えます
 

 
・NPO法人日本エニアグラム学会からも買えます

 

  この際、ワークショップなどを通じて、エニアグラムを学びませんか



2017年5月21日日曜日

(880) 鎌倉時代の仏教(一)源信・法然 / 仏教と儒教(4)


      最新投稿情報
===== 新たに投稿した
(K0022) 「心の健康度」「心の自立度」「尊厳ある生」 / 自立度など <自立喪失からの脱却>
=====

 
平安末期になると、時代の不安定な状況や末法思想の浸透等に伴い、阿弥陀仏の浄土への往生を願う信仰が普及していく。

そうしたなかで、自らいずれの行もおよびがたき身であると自覚し、中国の善導の思想に基づき、易行としての念仏によりどんな人でも救われるという新しい仏教を唱えたのが法然である。

その下地を作ったのが、天台僧で極楽往生の道を追求し、『往生要集』を著した源信である。

高度な学問を伴った仏教が日本に移植され、奈良時代・平安時代を通じて定着してきて、さらに広く民衆の仏教となっていくありようを源信・法然の思想に探り、法然仏教の歴史的な意義について理解することをめざす。

 

<構成>

源信の思想
1-1 『要集』
1-2 『横川法語』

法然の思想
2-1 『選択本願念仏集』の思想
2-2 念仏と一念の関係
2-3 三心(サンジン)の問題

 

<各論>

源信の思想

1-1 『往生要集』
源信の主著ともいうべき『往生要集』の名前は、浄土往生のための要文を集めたものという意味である。愚かな凡夫の出離のための行が追求されている一面がある。このことは、後の法然の念仏につながっていくことになる。

1-2 『横川法語』
源信に、『横川法語』なるものがある。「信心あさくとも本願ふかきがゆえに、頼(タヨラ)ばかならず往生す。 … 又、妄念はもとより凡夫の地体なり。 … 妄念をいとわずして信心のあさきをなげきて、こころざしを深くして常に名号を唱うべし」。ここから法然へは、確かに近いことであろう。

 
法然の思想
法然の仏道の核心は、凡夫が阿弥陀仏の報土(報身仏の国土)に生まれ得るということにあった。法然の念仏の教えは、易行としての称名念仏一行のみをとって、他の行は必要ないというものであったため、急速に民衆に広まっていった。

2-1 『選択本願念仏集』の思想
法然の主著『選択本願念仏集』は、十六章からなり、『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の浄土三部経をめぐる諸問題について論じ、浄土教がいかに確かな救いの道であるかを論証しようとしたものである。

2-2 念仏と一念の関係
『無量寿経』の第十八願には、十回の念仏で往生がかなうことが約束されていた。一方、同経巻下には、むしろ一念で往生を得るともある。どうなのか? 法然は一念での往生の疑うべからざることをしばしば語っているが、やはり多くの念仏のほうを尊重・評価していたようである。

2-3 三心(サンジン)の問題
浄土に往生するためには、称名念仏とともに、実は三心の問題というものがある。『観無量寿経』に、「もし衆生ありて、彼の国に生まれんと願う者、三種の心を起さば、すなわち往生す。なにをか三とす。一には至誠心(シジョウシン)、二には深心、三には回向発願心なり。この三心を具うれば、必ず彼の国に生まる」とある。

 
引用

竹村牧男、「第四章 鎌倉時代の仏教(一)源信・法然」
竹村牧男・高島元洋編、仏教と儒教~日本人の心を形成してきたもの~、放送大学教材(2013)

2017年5月20日土曜日

(879) 子どもの学校生活 / 子供・若者の文化と教育(4)


子どもの学校生活

 子どもは小学校に入学し、生活の中心が家庭から学校に移行する。家庭と学校ではそこで働く原理が大きく違う。顕在的カリキュラムだけでなく、隠れたカリキュラムも含めて、子どもたちはどのようなことを学んでいるのかを明らかにする。

 
<構成>

0. はじめに

1. 家庭と学校の違い

2. 学校の特質
(1)  学校文化
(2)  教科内容
(3)  学校組織の特質
(4)  学級集団
(5)  一望監視システム
(6)  学校の中産階層的性格、地域格差

3. 学校のインフォーマルな側面と子ども
(1)  隠れたカリキュラム
(2)  教師 - 生徒関係

4. 学校と子どもの今後
(1)  教育家族
(2)  ホームスクーリング
(3)  親の教育参加

 

<各論>

0. はじめに

 本章では、子どもの教育をする学校自体の特質と、子どもと学校の関係、そして学校における子どもの生活の様子を、社会的背景も含めて考察し、子どもの学校での学びや生活について考えてみたい。

 
1. 家庭と学校の違い

家庭と学校は違う。
 
家庭は、属性本位、個別主義、拡散性、感情性、取り替え不可能
の特性を有し、各々に対応して、
 
学校は、業績本位、普遍主義、限定性、感情的中立性、取り替え可能
の特性を有する。

 
2. 学校の特質

(1)  学校文化
 学校文化の具体的諸相は多様である。①伝統、校風、カリキュラム、学校教育目標、時間割、学校行事などに具現化される「制度的下位文化」、②教師のパーソナリティや教職の仕事から生まれる「教師の下位文化」、③生徒同士の相互作用から生まれる「生徒の下位文化(生徒文化)」の3種に分類できる。

(2)  教科内容
学校で教えられる知識は、次のような特質をもっている。①口頭によるものより書かれたものが重視される、②教育内容は日常生活からかけ離れた抽象的なもの、③子どもが有している知識とは関連がないことが教えられる、④学習は個人作業が主となり個人単位で成績評価がなされる。

(3)  学校組織の特質
 現代の学校は、官僚的な組織としての特質を備え、生徒の学習も組織化されている。その一方、実際の学校は、非官僚的な特質も備えている。

(4)  学級集団
 最近は、日本でも、ティーム・ティーチングや学校カウンセラーの導入など、学級王国(=学級の閉鎖性)は崩れつつある。また子どもの意識は個人化しており、クラスの気の合う少数の友人との交友は大事にしても、学級全体での行事や一体感は希薄になっている。

(5)  一望監視システム
 教室は長方形で、教壇は一段高くなっている。教師が一時に全生徒を監視し、統制するのに便利な方法である。監視がいなくても監視の目を意識する「一望監視システム」として機能している。子どもたちは教室で、いつでも監視されているという意識をもち、自由に振舞うことができない。

(6)  学校の中産階層的性格、地域格差
 学校は、中産階層的な文化が主になっている。教師も中産階層に位置し、デスクワーク(机に向かう)、高い野心をもつこと、欲求充足延期(将来の為に今の欲求の充足を延期する)、清潔にすることといった中産階層的な価値が教えられる。

 将来も地域に残り生活するものにとって、自分たちの生活実感に合わない「標準語」は必要ない。中央中心のカリキュラムでは、「生まれた地域で生きる学力」は軽んじられる。


3. 学校のインフォーマルな側面と子ども

(1)  隠れたカリキュラム
 下に示す表4-2は、学校におけるさまざまな活動が、子どもたちにどのような意識や価値観を形成しているかを示したものである。これらは、学校や教師が意図的に行っているわけではなく、知らず知らずに影響を与えているものである。つまり、隠れたカリキュラム(The Hidden Curriculum)である。

(2)  教師 - 生徒関係
 宮澤は、近代以降の学校の困難な理由を、教師が子どもの職業モデルになれないところにあるとしている。徒弟制の時は「同じ仕事を共有する先輩と後輩関係が成り立つ基盤」があり、それが「大人の権威を支える現実的基盤」であったが、「そういった関係をあてにできないところに、近代学校の教師の役割の難しさがある」としている。

 

4. 学校と子どもの今後

(1)  教育家族
 「親こそ子どもの教育の責任者であるとしいう観念」「親の強烈な教育する意思」が「教育家族」の特質になっている。日本では、学校選択やコミュニティ・スクール運動が起こっている。

(2)  ホームスクーリング
 アメリカを中心に各国で、子どもを学校ではなく家庭で親が教育するホームスクーリングが広がっている。ホームスクーリングが日本でも法律的に認められれば、不登校問題を悪化させている「学校神話」はかなり崩れるであろう。

(3)  親の教育参加
学校は親や地域との関連をもちながら、時代と共にその制度的特質や内容(カリキュラム)を変容させてきた。これからは、親が学校運営や授業に参加し、子どもにとってよい学校に変えて行こうという発想が必要であろう。

 

引用
竹内清、「第4章 子どもの学校生活」
竹内清・岩田弘三編(2011)、子供・若者の文化と教育、放送大学教材

(878) 劉備の「仁」、諸葛亮の「智」 / 陳寿『三国志』(4:最終回)


~ 『100分で名著』 522() 22:2522:50 Eテレ 放映 ~

 
===== 引用はじめ

英雄続々と去る。『三国志』の終わり

   曹操は216年に魏王となるが帝位に届かないまま220年に病没。

   後嗣ぎの曹丕が献帝から禅譲を受け魏帝に即位したことで、四百年続いた漢は完全に終焉を迎える。

   一方、219年に「漢中王」(前漢の劉邦が「漢中王」から「漢帝」に昇った故事に倣う)を称していた劉備は、221年に自らが帝位に就き蜀(蜀漢)を建国。漢の継承を宣言した。

   しかし皇帝となった劉備の最初の矛先は魏の曹丕にではなく、義兄弟・関羽の仇である孫権に向けられる。

   情の人たる所以であるが、劉備は「夷陵の戦い」で大敗を喫した。

 

   229年、孫権は曹丕、劉備に遅れて帝位に就き呉を建国、三つの国家が並び立った。

   その間、劉備は223年、諸葛亮(孔明)に後事を託して死去し、劉禅が即位。

   諸葛亮は劉禅に「出師表(スイシノヒョウ)」を上奏、先帝(劉備)に誓った劉氏の漢による天下統一の実現を目指し、五度にわたる北伐を敢行する。

   その諸葛亮も234年、「五丈原の戦い」で魏の大将軍・司馬懿(仲達)と対峙中に陣没。

   その戦いぶりは敵の司馬懿でさえ讃えた。

   やがて、その司馬懿によって晋(西晋)建国の端緒が開かれ、『三国志』は終焉を迎える――。

===== 引用おわり

 

小見出しを一通り洗い出すと次のようになる(番号をふった)

(1)  関羽の仇討ち

(2)  劉備の乱命

(3)  南征

(4)  出師表

(5)  諸葛亮の歴史観

(6)  「三顧の礼」はあったのか

(7)  北伐

(8)  五丈原の戦い

 

<各論>

(1)  関羽の仇討ち

221年に漢(蜀漢)を建国し帝位についた劉備は、軍勢を曹丕ではなく孫権へ向けた。関羽の仇討ちのためである。劉備らしい「仁義」ではあるが、「漢の復興」という理想より情を優先させ、結果として夷陵の戦いで大敗を喫した。「情」をもって乱世を生き抜いてきた劉備だが、「情」によってその死期を早めた。度重なる悲劇(関羽や張飛に先立たれた)や大敗により、心身疲労困憊した劉備は、病床に諸葛亮などを呼び寄せた。

 
(2)  劉備の乱命

死に臨んだ劉備は、諸葛亮に「もし嗣子(劉禅)が補佐するに値すれば補佐してほしい。もし才がなければ、君みずから(君主の地位を)とるべきである」と遺言を伝えた。実際には、劉禅の器量は補佐するに値せず、さりとて、諸葛亮が君主になることはできない。王夫之は劉備の言葉を「乱命(臣下がおおよそ従うことのできないような、君主が出すべきでない命令)」とした。

 
(3)  南征

劉備との死別後、諸葛亮は漢室復興に向けて邁進した。孫権との関係を修復し、益州南部の反乱を鎮圧した。結果、南部からの軍事物資が届くようになり、さらにインド方面など国外への交易ルートが開発されて、蜀を潤した。「飛軍」とよばれる異民族部隊を編入した。異民族を教化して移住させ、人口の増加を図った。このようにして、東と南の不安定要素を除いた。

 
(4)  出師表

出師表は、諸葛亮の漢への忠誠心と北伐への決意が明らかにされた名文として、古来、多くの人々に親しまれてきた、「表」とは、天子に捧げる上奏文である。北伐遂行のため、諸葛亮は前線の漢中に丞相府という自分がトップの組織を構える一方、法の適正な運用にも言及し、さらに誠実・有能な官僚と軍人を劉禅のもと残した。二重政府状態への対処である。

 
(5)  諸葛亮の歴史観

「賢臣に親しみ、小人を遠ざけたことは、前漢の興隆した原因であり、小人に親しみ、賢臣を遠ざけたことは、後漢の衰微した理由でした」

 
(6)  「三顧の礼」はあったのか

「三顧の礼」はなく、諸葛亮の方から出向いたという文献もある。しかし、「出師表」を読めば、「三顧の礼」が歴史的事実であることがわかる。「… 先帝は臣の卑しきことを厭わず、みずから身を屈して、三たび臣を草廬に顧みられ、…」。「表」とは公開を前提とした文章なので、嘘を書くことができない。

 
(7)  北伐

「天下三分の計」の指針であった荊州・益州の二方面からの中原進出は、関羽の荊州失陥により不可能となった。蜀軍は長安を中心とした関中平原を目指すことになったが、勝機の見出しにくいものであった。北伐は都合七年で、五回の出兵となった。

 
(8)  五丈原の戦い

第五次北伐で諸葛亮は五丈原に布陣したが、病魔に侵され、ついに陣中で五十四歳の生涯を閉じた。

曹操、孫権、劉備、諸葛亮ら英雄たちは、信じるもののためその命を燃焼させた。彼らは誰も最終的な勝者となっていないが、混迷の時代を生きる私たちに多くの教訓をもたらしてくれるのではないか。

 

出典:
渡邉義浩(2017/5)、 陳寿『三国志』~真の「英雄」とは何か~、「100DEで名著」、NHKテキスト
地図【221年頃】、「出師表」

 

  6月号予定   テキスト:5月25日発売予定

『維摩経~あらゆる枠組みを超えよ!』。講師:釈撤宗(如来寺住職・相愛大学教授)

かの聖徳太子が日本に紹介した仏典『維摩経』。病気になった在家仏教信者・維摩と彼を見舞った文殊菩薩との対話を通して、「縁起」や「空(クウ)」など大乗仏教の鍵となる概念をめぐる考察が、まるで現代劇のように展開される。この「維摩経」を現代的に読み解く面白さを、宗教学者で僧侶の釈撤宗氏が解説する。