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このブログは、左側の投稿欄と右側の情報欄とから成り立っています。

2017年12月16日土曜日

(1088) 人間とは何か、自己とは何か / スタニスワフ・レム『ソラリス』(3)


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(K0229)  趣味(9) 趣味の辞典(2) / トライアングル理論(22) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k0229-9-222.html
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第3回 12月18日放送/12月20日再放送
月曜日   午後 10:25~10:50

()水曜日 午前 05:30~05:55
      午後 00:00~00:25
 

前回の投稿は、

(1080)  心の奥底にうごめくもの / スタニスワフ・レム『ソラリス』(2)
http://kagayaki56.blogspot.jp/2017/12/1080-2.html
 


 クリスの前に突然現れた、自殺をしてしまったかつての思い人ハリー。彼女はもちろん本物のハリーではなく、ソラリスの海が送り込んできた「お客さん」なのだが、二人の間にはいつしか恋愛感情が芽生えていた。

 海が送ってよこした「お客さん」は、実は両義的な存在である。抑圧されたトラウマが実体化された、グロテスクで嘲笑的なものであると同時に、亡くなった人にもう一度会えたという、抒情的で「懐かしい」側面も秘めている。だからこそ、クリスとハリーの疑似恋愛が本物の恋愛に変わっていくという愛の奇跡を、読者はここで目撃することになる。この恋愛小説の要素がなかったら、『ソラリス』はこれほど世界のベストセラーにはならなかっただろうというのは、多くの読者や研究者の一致するところだろう。
 

 ソラリスのステーションに滞在していた科学者ギバリャンは、海から送られてきた「お客さん」が原因で、クリスが到着する前に自殺していた。そのギバリャンが自殺する前に、自分の身に何が起こったかを説明するメッセージを録音したテープレコーダーがあり、クリスはそれをベッドの下に押し込んでいた。クリスはあるとき、そのテープレコーダーがなくなっていることに気づいた。でも、なくなった理由はわからない。

 クリスの記憶の中にあるハリーを、ソラリスの海が読み取り、それに模して実体化し送り込んできたのが、目の前にいる「お客さん」のハリーである。本物のハリーは、クリスの恋人であったが、喧嘩の末に自殺させてしまった。

 「どんな『お客さん』でも、現れた当初はほとんど幽霊みたいなもので、自分のもとになる人間…まあ、アダムとでも言っておくかな…そのアダムから汲み取った思い出とかイメージなどのとりとめのないごちゃまぜの他には、そもそも全く空っぽなんだ。でも人間といっしょにここに長くいればいるほど、人間らしくなってくる。それと同時に、自主性も持つようになる」とソラリスのステーションに滞在していた科学者スナウトは言った。
 

 送り込まれてきたハリーは最初、不完全なものだったが、今や成長している。知性もあり、感情もある。そのハリーが、テープレコーダーを持ち出して中身を聞いてしまった。

 ソラリスの観測ステーションに現れたハリーのような存在が、実は本物の人間ではなく、ソラリスの海が送り込んできたお客さんなのだ、とギバリャンはテープレコーダーの中で説明している。自分がどこから来たのかよくわからない存在で、過去の記憶は空白だったが、今やハリーは、自分が本物の人間ではないことを理解し、自分の身をどう処したらいいのかと真剣に考え始める。

 ハリーは自分の正体と知った。しかしクリスはその事実を知らない。この状況で、二人の間にいろいろな人間的な感情のやりとりが進んでいく(このやりとりが面白く、かつ、考えさせられるのだが、ここでは詳しい説明を省略する)。

 ハリーはクリスに本当のことを言うように問いかけるが、二人の関係を崩したくないクリスは説明しない。思い余ったハリーは液体酸素で自殺を図ろうとするが、不死身のハリーは、幸か不幸か、蘇る。

 その後、ハリーが昔のハリーとは違う存在として進化を遂げ、ハリー自身もそう感じ、それを前提に二人の関係をこれから築いていくのだ、という方向に話が進んでいく。クリスとハリーの恋愛は、普通の人間同士の恋愛以上に濃厚な感じがする。人間同士では成立しないようなピュアな愛も、人間とお客さんの間には成立するかもしれない。恋愛と並行するように、「自己とは何か」「他者とは何か」「人間とは何か」という問いかけも進んでいく。
 

 クリスはハリーといっしょにここを出ていくつもりだと仲間に告げるが、反対される。スナウトは言う「ニュートリノでできているハリーがステーションを出れば、ハリーは消滅する」。クリスはそれを認めつつも、彼女といっしょに暮らし続ける可能性をあきらめきれず、「ぼくは…彼女を愛しているのだ」とつぶやく。「誰を? 自分の思い出をじゃないのか」と冷静なスナウトから指摘が返ってきた。
 

出典
沼野充義(2017/12)、スタニスワフ・レム『ソラリス』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)

2017年12月15日金曜日

(1087) 「認定ホスピス・ボランティア」


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(K0228)  趣味(8) 趣味の辞典(1) / トライアングル理論(21) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k0228-8-121.html
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 「認定ホスピス・ボランティア」の認定書をいただいた。

発行元は、公益財団法人 神戸国際医療交流財団 である。
http://kobeima.org/
 

 私の受けた養成講座は、第2期
http://kobeima.org/2017/06/20/hospice-volunteers-3/

===== 引用はじめ
 近年では、病気を抱えている人は「人間らしくありたい」と、終末期を自宅で過ごしたいと考える方が年々増加しております。
 この研修では、そのような方々を自宅でサポートするボランティアの養成を目指します。
 ホスピス・ボランティアの基礎を修得することにより、主として終末期にある方とご家族に寄り添うことができるボランティアをひとりでも多く養成することを目指しております。
===== 引用おわり


 認定証をいただくまでは、これでよいのだが、さて、どう生かしていくか。

 第1期の方々が「つむぎの会」を結成して模索しているようで、とりあえず登録した。

 

関連情報:

「看取り」での経験を語る会  開催のお知らせ

兵庫県私学会館 302号室

平成30218

  午前の部(10:00-12:00)看取りについての勉強会
 谷田憲俊(西村医院 副委員長)

  午後の部(13:30-17:00
 後藤章暢(神戸国際医療交流財団 代表理事)
 船越政江(訪問看護ステーションわたぼうし)
 長尾和宏(長尾クリニック 院長)

【主催】公益財団法人 神戸国際医療交流財団
【助成】 在宅医療助成 勇美記念財団

https://drive.google.com/file/d/1-AJ40oEeGFdMWJY8VgzOzW8cmDMRuwtJ/view?usp=sharing

 

関連

(1030) 「ホスピス・ボランティア養成研修」修了
http://kagayaki56.blogspot.jp/2017/10/1030.html

2017年12月14日木曜日

(1086) 障害 / 『発達障害を理解する』(1)


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(K0227) 「社会全体で予防 気づきと行動促す」 / 健康寿命延伸、認知症対策を探る(3) <脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k02273.html
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 「障害」について考えることは、「非障害者(だと思っている人)」にも有益である。
 

 昨日(12/13)、『発達障害を理解する ~ 大人の当事者の現状と支援について ~』(主催:神戸市発達障害者支援センター。於:兵庫県看護協会ハーモニーホール)を聴講した。

 講師は、NPO法人DDAC(発達障害をもつ大人の会)http://www.adhd-west.net/
理事長 広野ゆい さん。

 彼女とは、日本ロゴセラピーゼミナール http://www.geocities.jp/japan_logo_semi/
で共に学んだこともあり聞きに行ったが、思いのほか(というと失礼かもしれないが)素晴らしい内容だった。

 

 以下、聞いた話を参考にしているが、私の思うことを書いているので、文責は私にある。
 

(1) 「障害」について考えることは、「非障害者(だと思っている人)」にも有益である

(2) 「障害者」vs.「非障害者」という対立概念で考えると本当のことが見えにくくなる。すべての人が「障害者」であり、その種類はまちまちで、強度もまちまちである ~ という考え方もあるだろう

(3) 身体的な特徴は区別しやすい。「目が見えない」「耳が聞こえない」「片腕が無い」は「障害」と呼ばれるだろう。肌の色は「障害」とは呼ばないが差別の対象になりやすい。「太い」「細い」「背が高い」「背が低い」は「障害」とは呼ばないだろうが、「小人症」は「障害」と呼ぶだろう。身体的特徴のうち、どこまでを「障害」と呼ぶか、線引きは難しい

(4) 高齢者はそれだけでは「障害者」と呼ばないが、虐待に関する法律では障害者と同列に並ぶ。
http://kagayaki56.blogspot.jp/2017/11/10686.html
  高齢になって認知症やがんになると、めでたく「障害者」に昇格(?)できる。

(5) インフルエンザは「障害」と呼ばないが、がん患者は「障害年金」を利用できる。「障害年金とは、病気やけがによる障害のため、日常生活や働くことに支障が出た場合に支給される公的年金制度のひとつです」。ここでは「支障」が「障害」の基準になっている。因みに、感染性の病気は、感染源(ウイルスなど)が検出されるかどうかで「病気」か否か区別できる
http://ganclass.jp/support/column/

(6) 同じ「病気」でも、精神障害は区分が難しい。「発達上の問題や統合失調症、うつ病や双極性障害といった気分障害や、パニック障害といった不安障害、性機能障害、また薬物依存症といった物質関連障害など様々な症状を呈する状態がある。知的障害やパーソナリティ障害が含まれる。診断された者は精神障害者と呼ばれる」(Wikipedia)。「診断された者」とあるが、どうみても「診断されていない精神障害者」もいる。すべての人が「精神障害」的要素を抱えていると言ってもよいだろう。「日常生活や働くことに支障が出ていない」だけである。「発達上の問題」も精神障害に含まれる

(7) 「発達障害者支援法」が施行されたのは2005年であり、それまでは「発達『障害』」は存在しなかった

(8) 2005年以前にも、ADHD(注意欠如・多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)、LD(学習障害)は存在していた。広野氏は「ADHDと診断されたときは嬉しかった。原因がわかったからである。2005年法施行で自分たちは障害者だとされて怖かった。障害者は排除されると思ったからである」と述懐した。

なお、PDD(広汎性発達障害)という言葉もある。正確にはPDDのなかの、(1)自閉症、(2)アスペルガー症候群、(3)その他の広汎性発達障害(非定型自閉症)の三つの障害がASDに相当する。https://kotobank.jp/word/%E8%87%AA%E9%96%89%E7%97%87%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%A0%E9%9A%9C%E5%AE%B3-1548719

(9) 広野氏によれば「ADHD、ASD、LDの各々の特徴は違うが、併発し、かつ各々の境界線は明確ではない」

(10) 広野氏によれば「発達障害はDisability ではなく Disorder である」

===== 引用はじめ
Disability は 能力を欠く という意味で、不可能というニュアンスをもちます。
Disorder は 秩序が乱れる という意味があり、変化の可能性が感じられます。

Disability の方へは、失われた機能を補うかたち、サポートする形の支援が必要になります。
Disorder の方へは、乱れた秩序を整える=その人に合うように環境を整える、工夫するという支援が必要になります。

当然ながら、Disability の方への支援とDisorder の方への支援のあり方は変わります。
===== 引用おわり
http://byouinkeiei.jp/archives/723

(11) 広野氏によれば「発達凸凹+適応障害=発達障害」という式があるそうだ。発達凸凹とは「認知(知覚・理解・記憶・推論・問題解決)の高い部分と低い部分の差が大きい人」である。ADHD、ASD、LD自体は「障害」ではなく「発達凸凹」である。これに適応障害(併存症など)(二次障害)が加わることによって狭義の発達障害になる

===== 引用はじめ
発達障害とは、生まれつきの脳機能の発達のアンバランスさ・凸凹(でこぼこ)と、その人が過ごす環境や周囲の人との関わりのミスマッチから、社会生活に困難が発生する障害のことです。

発達障害の特性から生きづらさを感じたり、生活を送る上で困難が生じたりすることがあります。そんな困り感からストレスを多く感じ、適応障害になることもあります。

友達とのコミュニケーションがうまくとれなかったり、自分の居場所を見つけられず孤独感を感じたりといった、発達特性と周囲の環境との不適応経験が、本人にとっての強いストレスとなる場合があります。そのため、発達障害の二次障害として適応障害が発生することは考えられます
===== 引用おわり
https://h-navi.jp/column/article/35025867

(12) 適応障害の発生を抑制できれば、ADHDもASDもLDも障害ではない。不便はあるが、工夫により、乗り越えられることが多い。バリバラの玉木幸則さんの「脳性まひに生まれて良かった」という言葉に衝撃を受けたと広野氏は言う。「ASDは能力である。もの凄い勢いで集中できる」「私は発達障害でよい。それで、何ができるかだ」

 

 すべての人は「発達障害的要素」を持っていると思う。それを押さえつけるのではなく、その特性をうまく生かしてやる。「非発達障害者」にはできないことを、発達障害者の側面を使うとできることもある。「発達障害」は個性であり、否定的な側面が注目されるが、肯定的な側面ももつ。


 なお、次の(1)においても、「障害者」について論じている。
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k0222.html

 
 ここまでしつこく書く私には、「アスベルガー的才能」があるかな♪

2017年12月12日火曜日

(1085) 移動体センシングと行動認識 / 「ソーシャルシティ」(8) (放送大学)


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(K0226) 「発症遅らせることが重要」 / 健康寿命延伸、認知症対策を探る(2) <脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k02262.html
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目次 / 第8章 移動体センシングと行動認識

1. モバイルセンシング
2. まち空間におけるモバイルセンシング
3. 移動体センシングとレコメンデーション
 

個人的な感想:

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 私は、否定的に読んだ。恐ろしい話である。知れば知るほど、怖くなる。悪意で利用されると、甚大な被害を受ける可能性があると思う。
 私は、絶対に、このような機能を使いたくない。

 「実験で」「ここだけ」と言われても、自分の位置情報を提供できるように一度でも許可すると、その後は、どこのだれか分からない人に自分の位置をたえず把握される危険性が高い。
 「あなたの便利のためですよ」と言っているが、所詮は売らんがために相手は使うのだから、気づかないまま、他者からコントロールされる。物を売りつけられるだけならまだしも、何をされるか分からない。
 その場限定で情報端末を供給してもらってなら使うが、自分の携帯は縁切りとして、使わない。

 (この本では出てこないが)携帯にウィルスが侵入すると、居場所、電話内容、メール内容がつつぬけになるだけでなく、録音機能、写真・ビデオ機能を外部からコントロールできるので、周辺の音声情報、視覚情報まで盗み取られる。しかも、ウィルスに侵されていることを気づかない。
 人々は、あまりにも無防備だと思う。実験に参加することは、ウィルスを自ら招き入れるようなものだと思う(実験をしている人たちに悪意はないだろうが、彼らは我々の安全を保障しないし、責任もとらないだろう、と私は思う)。
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<各論>

1. モバイルセンシング

(1) センシング対象となる情報

   モバイルセンシング
 移動体(動くもの:人や乗り物や動物など)にセンサを装着し、移動しながら情報をセンシングすることをモバイルセンシング、あるいは移動体センシングという。

   モバイルセンサで測定可能な項目の例:
----------------------------
センサ      / 測定対象     / 推定項目
============================
加速度センサ   / 振動、傾き    / 活動量、姿勢
気圧センサ    / 気圧       / 高度の変化
電界強度センサ  / 公衆電波電界強度 / 自己位置
生体電位センサ  / 皮膚表面電位   / 心拍、脳活動
温度センサ    / 外気温      / 外気温
地磁気センサ   / 地磁気      / 方位
ガイガーカウンタ / 放射線      / 放射線量
 

(2) ウェアラブルセンシング

  ウェアラブルセンシング
 移動体センシングにおいて、センサを身につけてセンシングすることをウェアラブルセンシングと呼ぶ。

  ウェアラブルコンピューティング
 スマートフォンやスマートウォッチ等の身につける情報通信端末を使用して、情報の収集や情報処理を行うことをウェアラブルコンピューティングという。
 

(3) ユビキタスセンシング

  ユビキタスセンシング
 生活環境中の情報通信機器(人感センサ、デジタルサイネージ、無線LANアクセスポイント、情報家電、街頭カメラなど)により、ユーザの行動モニタリング、モバイル端末から得られるユーザの情報の補強や通信が可能となる。ユビキタスセンシングとは、環境中のいろいろな場所に設置されたセンサによる情報収集のことを指す。

(注)デジタルサイネージとは:屋外・店頭・公共空間・交通機関など、あらゆる場所で、ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するシステムを総称して 「デジタルサイネージ」と呼びます。
http://www.digital-signage.jp/about/


  ユビキタスコンピューティング

 このような機能を有する環境設備型の情報通信端末によりセンシングした情報を処理することをユビキタスコンピューティングという。

 

2. まち空間におけるモバイルセンシング

(1) まち空間における行動認識の利用

  スマートシティ
 ユビキタスセンサなどをまち空間に埋め込んで情報通信技術を駆使して様々なサービスを提供できるようにした施設など。まちに来た人にリアルタイムに特定の場所で情報提供するような試みも行われている。

  活用例
 まちなかの行動を推測し、特定エリアの動線の把握や利用者への個別の情報提供を実現しようとする動きもある。
 

(2) 屋内測位

  屋内測位サービス
 公共空間や商用ビルなどの情報提供において、ビル内に来た人の位置を把握して情報提供する。

  NFC機能を用いた位置推定
 NFC(近距離無線)機能を用いたモバイル端末の位置推定方法は、NFCチップの埋め込まれたモバイル端末やカードと通信を行ったNFCリーダ/ライタ端末の設置位置が通信時点における端末位置なるというシンプルなものである。

 
(3) ヒューマンプローブ

  ユーザの周囲環境の把握
 携帯情報通信端末を用いて、光環境、音環境、温冷環境などをセンシングすることにより、ユーザの周辺環境の把握が可能になる。

  ヒューマンプローブ
 GPSなどの位置情報機器と併用し、ユーザの周囲の状況、また周囲の状況により引き起こされるユーザの行動を把握することにより、広範囲の環境情報を習得することができる。人間の移動による走査型の環境情報モニタリング方法を、ヒューマンプローブと呼ぶこともある。

 

3. 移動体センシングとレコメンデーション


 

出典
川原靖弘、「第8章 移動体センシングと行動認識」、川原靖弘・斎藤参郎、「ソーシャルシティ」、放送大学教材(‘17)

(1084) 老いじたくを支える法制度① - 成年後見制度 / 「家族と高齢社会の法」(8) (放送大学)


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(K0225)  個人Blog 12月上旬リスト <サイト紹介>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k0225-blog.html
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目標&ポイント

===== 引用はじめ
 長くなった人生の最終ステージ(高齢期)をどの様に過ごすのか、各人が老いに備えて老いじたくをするために役立つ法制度として、成年後見制度(第8章)と相続・遺言(第9章)について、学習する。
===== 引用おわり
 

<構成> 第8章 老いじたくを支える法制度① - 成年後見制度

1. 成年後見制度成立の背景と制度の概要

2. 成年後見制度 その1―法定後見制度―

3. 成年後見制度 その2―任意後見制度―

4. 成年後見制度の利用事例

5. 成年後見制度の今日的課題

 

<各論>

1. 成年後見制度成立の背景と制度の概要

(1) 超高齢社会




(2) 老いじたくの必要性




(3) 成年後見制度の成立 ―成年後見制度と介護保険制度―

 成年後見制度は、精神上の障がい(認知症、知的障がい、精神障がいなど)によって判断力が十分ではない人を法的に支援する制度であり、介護保険制度と同時に平成12(2000)41日から発足した。

 介護保険制度では、どのようなサービスをどの事業者から受けるのかは、高齢者本人の選択と契約に委ねられている。判断能力が低下した高齢者が介護サービス利用契約を締結するためには判断能力の面での支援が必要となる。

 成年後見制度と介護保険制度は、いわば車の両輪の関係にある。
 

(4) 成年後見制度の概要

 成年後見制度は、民法に定められた「法定後見制度」と、任意後見契約に関する法律による「任意後見制度」の二本の柱から成り立っている。いずれも、判断能力が十分でない人について本人の権利を守る援助者を選ぶことにより本人を法的に支援するものである。

 「法定後見制度」は「判断能力が不十分になってから利用する制度」であり、「任意後見制度」は「判断能力が不十分になる前に将来判断能力が不十分になった場合に備える制度」である。

 
(5) 成年後見制度の利用者の推移


 

2. 成年後見制度 その1―法定後見制度―


 

3. 成年後見制度 その2―任意後見制度―


 

4. 成年後見制度の利用事例

 略
 

5. 成年後見制度の今日的課題

(1) 成年後見制度利用開始申立ての取下げ

 後見人等の選任に関する不満(候補者が後見人に選任されない、後見監督人が選任されるなど)を理由に申し立てを取下げようとする動きがみられるが、法定後見開始等審判の申立てが受理された後は、申立ての取下げをするには家庭裁判所の許可が必要との取り扱いになっている。

 
(2) 即効型任意後見契約

 本人の後見人になりたいとの強い思いを有する親族が「即効型任意後見契約」を締結する場合、相続争いの前哨戦の様相を訂正することもある。任意後見契約締結とほぼ同時に任意後見監督人の申立てをなし契約を発効させる実例がある。これを「即効型任意後見契約」と通称している。

 
(3) 後見制度支援信託

 後見制度支援信託とは、後見開始事件について、本人の財産のうち、日常的な支払をするのに必要十分な金銭を預貯金として後見人が管理し、日常使用しない金銭を信託銀行に信託した上、信託財産の払戻や信託契約を解約する場合には、予め家庭裁判所が発行する指示書を必要とする仕組みである。
 

(4) 成年後見監督人

 昨今の成年後見人の不祥事を受けて前記(3)の後見制度支援信託とともに家庭裁判所は広く監督人を選任する方向にある(法理上は、法定後見人には後見監督人の選任は要件ではない)。
 

(5) まとめ

 成年後見制度においても制度を担う援助者の人材育成・教育とともに不祥事を未然に防止するための施策(後見制度支援信託等)の工夫が今後ともなされなければならない。

 

出典
布施憲子、「第8章 老いじたくを支える法制度① - 成年後見制度」、川島志保・関ふ佐子、「家族と高齢社会の法」、放送大学教材(‘17)

2017年12月11日月曜日

(1083) 「満天のゴ-ル」発刊記念イベント  藤岡陽子さんによるト-クライブ


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(K0224) 「予防の習慣化 仲間は大切」 / 健康寿命延伸、認知症対策を探る(1) <脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/12/k02241.html
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 昨日(12/10)の午後には、隆祥館書店のイベントに参加した。
http://atta2.weblogs.jp/ryushokan/2017/11/20171210-%E6%BA%80%E7%82%B9%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%AB%E7%99%BA%E5%88%8A%E8%A8%98%E5%BF%B5%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88-%E8%97%A4%E5%B2%A1%E9%99%BD%E5%AD%90%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96-%E5%8F%B8%E4%BC%9A%E8%81%9E%E3%81%8D%E6%89%8B%E4%BA%8C%E6%9D%91%E7%9F%A5%E5%AD%90-no185.html

 添付写真は、隆祥館書店のFacebookから転載させていただいた。

 

 私は「少子高齢化における生き方」を探っているが、その一環としてホスピスボランティア養成講座を受け、その実習として最近、在宅医療に携わる看護センターの看護師さんに同行する体験をしたところである。それに関係しそうなので、参加してみた。

 

 いくつもの人生を織り込みながら、小説を構成したようだ。

  無医村で在宅患者を看取る若い医師の物語

  ゴールを目指して最期の時を過ごす人の物語

  DVを受ける環境で育ち、成長した青年の物語

  夫が浮気をし、離婚を迫られている女性の物語

  素直に、無邪気に生きる少年の物語

  お母さんになりたかった看護師の物語

 

謎を含みながら話は進む。

読みやすい本だった。

読み終わって確認した。最初の方に伏線がいくつもあるが、ストーリーにほころびはない。

 

上記「隆祥館書店のFacebook」には、次のように書いてあった。

===== 引用はじめ

心に響くフレーズ

◎誰にも救ってもらえないのなら、あなたが救う人になればいい。救われないなら救いなさい(P.236)(P.268-269)

◎人が人と関わり続ける限り、相手を思う気持ちが生まれる(P.276)

◎子どもが小さいうちは、子供の心を育てることが一番大事な仕事やから

===== 引用おわり

 

どれも私の心に響いた。

私の心に響いたフレーズをもう少し追加しておく。


  なんとかしようと真剣に思って生きていれば、案外ちゃんとやっていけるんですよ(P.117)

  重くて辛くて、それでも手放せない過去を人は誰しも持っていますよ。でもその後悔が、生きる意味になることもありますよ(P.132)

  一段一段や。仕事の上達は階段を上がるのと同じや。上がるのをやめてしまったらそこから先の景色はみえへんぞ(P.154)

  自分の頑張りに星をくれる人がいる。それだけで人は生きられるのかもしれない(P.240)

  全力で生き抜いた先に死があるのだとしたら、死は生きたことの証にちがいない(P.292)